第79回日本癌学会学術総会 会長 安井 弥
広島大学大学院医系科学研究科 分子病理学 教授
第79回日本癌学会学術総会を広島会場(2020/10/1-3:リーガロイヤルホテル広島、メルパルク広島)とWEB配信(2020/10/1-31)を併用して開催いたしました。広島での開催は、先代の田原榮一教授が会長を務められた1999年以来2度目となりました。2016年暮れの癌学会理事会において会長に選出され、3年以上をかけて準備を進め、プログラムもほぼ固まった本年2月、新型コロナウイルス感染症が拡大し始めました。ダイヤモンドプリンセス号の時には何か人ごとのように感じていましたが、その拡大は止むことなくコロナ禍と呼ばれる事態となりました。本来であれば、2020年は東京で2度目のオリンピックが開催され、さらに被曝75年の節目にあたることから、広島から平和な世界の実現という目標を改めて発信したいと考えていました。
日本癌学会はがん研究の発達を図ることを以って目的としており、最終的に目指すものはがんの制圧です。一方、がん研究を通じて生み出された新規技術や解明された生命現象が、他領域に与えたインパクトには誇るべきものがあります。研究成果を課題解決に還元するとともに、持続可能な科学の発展を導く責務があると思っています。
私が田原病理の末席に加わらせていただき大学院生として研究をスタートした約40年前、ヒトがんにおける遺伝子解析が始まり、その制御メカニズムが解明され、がん微小環境の重要性も明らかにされてきました。網羅的解析により飛躍的に多くのことが見出され、がん幹細胞ついての研究も進んでいます。2010年以降のNGS解析はがんゲノム医療につながり、がん免疫機構の解明は免疫療法をがん治療のひとつの主役へと導きました。また、がん研究・がん医療におけるデータの統合と応用においてAIが活用されています。
メインテーマは「がんの実像を見つめて共に歩む」としました。がんを征するためには、病理学的観察をはじめ科学の全てを結集してがんの本質を捉えること、基礎と臨床、異分野融合、人とAI、アカデミアと産業界、survivorとscientistが恊働することが重要です。本総会では、他学会との数多くの合同セッションを企画するとともに、がん研究の裾野を広げるために教育セッションの充実を図りました。パネルディスカッション「日本の医療システムとがん研究」では、わが国におけるがん研究のあり方について討論いただきました。主題プログラムとして、コアシンポジウム4(分子発がん研究:その足跡と未来(20年のあゆみ)、胃がん発生・進展の先端的理解、臨床試験から実践医療へ、病理が切り拓くがん研究)、AACRジョイントシンポジウム2(Liquid biopsy、Cancer model system: Organoid)、特別シンポジウム4(ゲノム医療時代におけるビッグデータ、がん免疫療法の成果・課題と今後の展開、AIとがん研究・医療との対話、がん研究における女性研究者)、シンポジウム21(がん幹細胞、ゲノム編集、エピゲノム、分子標的治療、マイクロバイオーム、ライブイメージング、一細胞生物学、がん微小環境、腫瘍免疫病態、がんと代謝、希少がん、他)、臓器別シンポジウム6、インターナショナルセッション12、国際シンポジウム2、がん研究入門コース16、モーニングレクチャー22を行いました。一般演題はその募集が緊急事態宣言下の活動自粛期間に重なり、1478題に留まりました。総演題数は1880題、昨年の2040題、一昨年の2464題を大きく下回り、1999年の広島総会と比較してもその7割程度となりました。しかしながら、発表された内容は広い分野にわたっていずれも素晴らしく、この総会で議論された“がんの本質を見据え垣根を超えて横断的に恊働する”ことから得られた成果により、がんに係る理解が広く進み、がん制圧への大きな推進力になると確信しています。
コロナ禍の下、開催方法に色々と迷いはありましたが、現地参加の人数制限・感染防止対策の徹底を図った上で、入門コースとレクチャーを除く全ての主題プログラムを広島会場で実施しました。これらはライブおよびオンデマンドでWEB配信することにより、通常では1会場しか参加できないところを極端に言えば全ての発表を視聴できる総会にすることができました。コロナ禍でもたらされた結果ですが、WEB配信によってより多くの情報を発信できたことは大きな「福」となったと思います。同時に行った第36回市民公開講座「研究が切り拓くがん治療最前線」もWEB配信制にしたことにより、通常では地元市民300名程度の参加のところ、全国から倍の約600名の視聴がありました。
しかし、国際化を進める癌学会において100名近い海外招待演者に国際平和文化都市広島にお越しいただくことは叶わず、オンラインでのセッション参加になりました。一般演題は口演・ポスターともに全て事前録画発表のオンデマンド配信になり、WEB上で質疑応答機能は備えたものの、いろいろな意味でやはり対面での討論には及ばないと思います。広島会場への参加者数は最終的に900名程度となり、例年であれば5000名で賑わう癌学会会場とは比較にならない寂しい光景で、至るところに置かれたサーモグラフィー、アクリル板、消毒液ばかりが目立っていました。現地でのポスター発表がないこともあり企業展示は中止、WEB上でバーチャル展示会を開催したものの協賛企業はわずかで収入は激減しました。現地開催のプログラムを終了した時点でのWEB視聴のみを含む参加登録者は3162名、例年と比べて大幅な減少となりました。
懇親会も一切中止しました。当初、インターナショナルセッションウェルカムレセプションは平和公園が鳥瞰できるおりづるタワーで行い、平和の尊さを実感していただきたいと考えていました。評議員・名誉会員合同懇親会では、広響メンバーと広大霞アンサンブルによる演奏、県北の神楽を楽しんでいただき、西條の銘酒とともに10月1日に解禁になったばかりの牡蠣をご賞味いただく予定でした。懇親会は情報交換会と称したりしますが、誠にその通りで非公式な情報交換の場がないと学会に参加する意義の一部は失われると改めて感じさせられました。
収支には本当に苦労し、実際に大きな赤字が見込まれています。その主な原因は、参加登録者の減少、企業共催セミナーの大幅な減少、企業展示会の中止、WEB配信と感染防止対策のための支出増などです。癌学会理事会では、このような非常事態のために学会としてある程度の財産を保有しているとして、「参加者の感染防止」と「より充実した発表・討論の場の提供」だけを考えて開催することを許していただきました。とは言え、同門会からは物心両面でお力添えをいただきました。
コロナが収束した後は、in person meetingの重要性を鑑み、従来通りに一般演題を含めて現地で実施し、懇親会も行うのに加えて、主題プログラムはライブ配信・オンデマンド配信するのが理想と思います。一方で、会員にとって会期が終わり日常に戻った中で、どれくらいの方がオンデマンド配信を視聴するかは検証する必要があります。今回の総会は、ポストコロナの新しい学術集会のあり方を考える上での大きなヒントとエビデンスを提供したと考えています。
開催にあたり、日本癌学会の先生方はもちろんのこと、同門会、広仁会、広島大学の先生方には多大なるご支援をいただきました。この場をお借りし厚く御礼申し上げます。