2019年12月 藤本淳也(平成8年卒)
前回の近況報告をさせていただいてから約15年以上が経とうとしていることに今更ながら時の過ぎる早さを実感しています。渡米時、2歳半の娘と4ヶ月の息子はすでに18歳と15歳でグレード12とグレード10となり、上の子の大学への出願が目前に至りました。
私のこちらでの略歴を紹介させていただくと、2004年4月に渡米し、Thoracic Medical Oncology内のDr. Reuben LotanのラボでMDアンダーソンでのポスドクとしての生活をスタートしました。師事するPIの選択には田原名誉教授の多大なお力添えと安井教授の強力な後押しがあり実現しました。肺がんのPre-Cancer modelを使ったエピゲノムに関連するcompoundのコンビネーションモデルの確立と現在まで続くマウスモデルの病理学的な研究を一手に引き受けることになりました。第一病理(現分子病理)で田原名誉教授、安井教授、横崎教授より伝授された第一病理研究ismから強靭な基礎サイエンス力を得て、また呉医療センターで第二病理(現病理診断科)の有廣教授、前呉医療センター院長の谷山先生より学んだ臨床病理力という両輪を駆使してLotan Labでポスドクとして2009年4月まで、またInstructorとして同年12月末まで基礎研究者として勤務しました。
Dr. Lotanの引退に伴い2010年1月初めから、現在まで師事しているDr. Ignacio Wistubaのもとへラボを移籍しました。これまでの基礎的な研究とは違いBATTLE trialを代表としたtranslational researchにおいて病理学的見地から強力な存在感を示すラボでした。これまでラボ内のコラボレーションから主としてMedical Oncology, Thoracic Surgery, Radiation Oncology等の臨床科とのコラボレーションにシフトしました。移籍後effortの半分をThoracic Tissue Bankの次世代Molecular Pathologyに対応したものへ昇華させるためのadmin roleとして、残りの半分を研究時間に割り振る契約で新しいラボでの生活をスタートさせました。Tissue Bankの充実という点で日本での病理の経験が役に立ち、30以上ある臓器別Tissue Bankで常にトップグループを走らせることに成功しました。その延長線上に全米規模でのstudyのPathology Coreの管理(the University of Texas Lung SPORE Tissue Bank and Pathology Core, Pathology Core of Detection of Early Lung Cancer Among Military Personnel Consortium (DECAMP), Pathology Coe of Lung Cancer Mutation Consortium (LCMC) as well as a Pathology Core of a Cancer Prevention Research Institute of Texas (CPRIT) Multi-investigator Research Award (MIRA) on lung cancer intra-tumor heterogeneity)を任されることになりました。加えてThe Cancer Genome Atlas (TCGA)ではThymic TumorとMalignant Pleural MesotheliomaのActive Pathologists Groupに所属し、また最近では新たにLung Pre-Cancer Atlas (Part of Human Tumor Atlas Network (HTAN))のPathology Coreを担う事になりました。
一方研究面ではThoracic Tissue Bank運営している強みを生かしてEarly pathogenesis of lung cancerでは手術室内のサンプリングから手術後の新鮮材料、固定後のサンプルを同一視点で集積可能であり、それを利用してWhole Exome Seq, Whole Transcriptome Seq, Multiplex ImmunofluorescenceなどのDNAレベル、RNA レベル、蛋白レベルでのアプリケーションを駆使し、データを統合しています。それらのデータは今年だけでNat Commun.、Am J Respir Crit Care Med.にpublishすることができました。またDr. Lotan時代からのマウスモデルを使った研究も引き続き行っており、2年前にはInt J Cancer.のカバーページにfigureが使用されました。現在はGprc5aシングルノックアウトマウスに加えてGprc5a/Lcn2ダブルノックアウトを共同研究によって作成し、そのfunctionをsingle cell seqによって明らかにしようとしているところです。
15年の積み重ねのすべてのリソースは第一病理(分子病理)での学びが、私のDNAとなった結果であると最近特に感じます。後輩の分子病理の同門の方々はこのDNAを受け継ぐことができれば、世界中どこでも通用する研究者になることが可能だと思います。
また、日本での研究歴に加えて、こちらでの15年の研究を評価していただき、2020年安井教授が主催される日本癌学会総会ではプログラムコミッティーに加えていただき、現在のメンターであるDr. Wistubaと共に参加させて頂く予定です。総会の成功へ向けて微力ながら貢献できればと考えています。
2017年12月 後藤 景介(平成16年卒)
Aloha,
平成28年11月より米国ハワイ州ホノルルのUniversity of Hawaii Cancer Centerに留学させていただいています。ハワイ大学(UH)は1907年創立の州立大学で、周辺合わせて6つの島に点在する10箇所のキャンパス・教育施設から成ります。私が在籍するがんセンターはマノア校に所属しますが場所はマノアから少し離れたKakaako地区にあります。この地区はかつては倉庫街だったようですが近年再開発が急速に進んでおり大規模商業施設や高級コンドミニアムが林立し近未来的な雰囲気が感じられます。気候については皆様ご存知の通り、一年を通じて長袖を着ることがなく、私もアロハシャツを着てピペットを握っています。
私の所属するThoracic oncology/Cancer Biology ProgramはMichele CarboneとHaining Yangの2人のPIが主宰しています。ラボにはイタリア、中国、日本、ローカルの人が居てそれぞれの文化の違いが仕事にも反映されており面白いです。3つの大きなプロジェクト(Genes and Environment, BAP1 and Cancer, HMGB1 and Cancer)を柱とした研究が行われています。BAP1遺伝子のgermline mutationを有する家系を1700年初頭の移民まで遡り大規模な家系解析を行い、BAP1 cancer syndrome(Malignant, mesothelioma, Uveal melanoma, skin melanoma, renal cell carcinoma)の疾患概念を確立し、これからの世代のフォローアップに繋げるにあたり中心的な役割を担っています。さらに基礎研究としてBAP1の詳細な機能解析を世界に先駆けて報告するなど、基礎/臨床の両面から疾患にアプローチしているラボです。私はその中でHMGB1の発がんに関わる機序とそのアイソフォームの診断マーカーとしての有用性、BAP1とHMGB1の相互作用について主に取り組んでいます。様々なコンディショナルノックアウトマウスを扱う実験で、常時数百匹のマウスを維持しながら発がん誘導実験を行っています。おかげさまで動物実験施設の中の1室は完全に私のマウスで占拠しておりスタッフの方々とも仲良くなりました(毎日出入りしていたら仲良くなるに決まっていますが)。これらのマウスからの初代培養細胞を用い、同じくマウス骨髄細胞からマクロファージへ分化させvitroの系での検証実験も平行しています。今までマウスに触ったことすらなかったので最初は全然わかりませんでしたがどうにか慣れました。研究の進捗は随時PIや同僚のポスドクと相談しながら定期的にラボミーティングで発表しています。英語のプレゼンは未だに苦労しますが、大学院生の時の研究報告会の経験が大いに生かされていて上々の評価をいただいています。
留学して1年が経ちましたが、最初の生活のセットアップはわからないことだらけで大変でした。特にSocial Security NumberとCredit Historyというアメリカ文化に阻まれてコンドミニアム契約の審査になかなか通らず毎日が憂鬱でした。最初のトラブルはともかくとして、どうにか住むところが決まり家族を迎えてからは徒歩圏内にあるホノルル動物園や水族館、ビーチ、ダイアモンドヘッドが目の前に見える公園でのんびりして過ごしています。あちらこちらでハワイアンのショーを無料で見ることもでき、仕事終わりに夕涼みを楽しんでいます。また、車で20分ほど行けば見事なオーシャンブルーの景色を望めますし、飛行機で30分もあれば近隣の島(ネイバーアイランド)へ行くことができ、オアフ島とは違うハワイの原風景を堪能することもできます。このような素晴らしい自然に触れ合い家族と一緒に貴重な思い出を作ることができています。
今回このような機会をいただけたことを、安井 弥教授、腎泌尿器科学 松原 昭郎教授に深く感謝申し上げます。私の研究生活は分子病理学で勉強させていただいたことから始まっており、その経験が支えとなって今の自分があるということを改めて感じています。アメリカでの研究の進め方、特にディスカッションで意見を交えるスタイルはとても刺激的で楽しいです。折角の機会を無駄にしないよう、ミーティングでは積極的に発言し、同僚の仕事に関心を持ちコミュニケーションをとるようにしています。いただいた貴重な機会を有意義なものにすべく、今後も精進していきたいと思います。最後になりましたが分子病理学研究室のますますのご発展を太平洋の真ん中よりお祈りいたします。
Mahalo!
2016年12月 浦岡直礼(平成20年卒)
平成27年12月より、米国テキサス州ヒューストンのUniversity of Texas MD Anderson Cancer Centerに留学させていただいています。同センターは今年で設立75周年を迎え、U.S. News & World Reportの調査では、Best Hospitals for Cancerで1位にランクされました。まさに癌研究の中核、世界の最先端を行く研究施設であり、このような恵まれた環境で仕事が出来ることをとても光栄に感じています。私が所属しているDepartment of Translational Molecular PathologyのWistuba教授は、肺癌の新規治療標的および治療予測マーカーの同定において優れた業績を残されています。Department内はいくつものラボチームに分かれており、私は免疫染色およびデジタルパソロジーの手法を用いて、免疫療法を施行した症例のimmunoprofilingの解析を行うチームに属しています。具体的な仕事内容としては、ホルマリン固定パラフィン包埋組織を材料に、免疫チェックポイントやリンパ球マーカーなどの多重蛍光免疫染色を行い、イメージ解析ソフトウェアを用いて発現量の定量化を行っています。この手法では、同一切片上で7つのマーカーを同時に染色することができ、共局在についても調べることができます。また、サイトケラチンを同時に染色することで、腫瘍内や腫瘍辺縁部、周囲間質など、異なる組織コンポーネントについて、それぞれ別個に発現を検討できます。扱うのは肺癌がメインですが、他の部署とのコラボレーションによっては消化器癌、頭頚部癌などさまざまです。当初はソフトウェアの扱いに慣れず、戸惑うことも多くありましたが、同僚の助けもあり、何とか研究が軌道に乗っています。また、通常の免疫染色についても、コンピュータソフトウェアを用いて解析を行っています。その他には、Department主催のセミナーがほとんど毎週のように開かれ、施設内外の研究者からさまざまな分野の最新の情報を得ることが出来ます。英語に関しては、はじめこそ苦労しましたが、徐々に慣れていき、また同僚がとても聞き取りやすく話してくれるため、今では特に問題なく過ごしています。また、MD Andersonの中でネイティブスピーカーによる英語のクラスが開催されており、ウェイティングリストができるほど人気なのですが、何とか研究の合間を縫って参加し、滞在中に少しでも英語が上達するよう励んでいます。
生活のセットアップについては、同じDepartmentに所属する日本人の先生に手伝っていただき、アパートの契約や銀行口座の開設、車の購入など、比較的スムーズに行うことが出来ました。テキサスは車がないと暮らせないと言われていますが、通勤に関してはラボがアパートの目と鼻の先にあるため、徒歩で通えるのをとても幸運に感じています。また、アパート内には、同じようにMD Andersonに留学されている日本人の家族がかなり多く、時には日本人だけでの飲み会や、プールサイドでのバーベキューなどをしています。MD Andersonのエリアから車で少し行くとダウンタウンやショッピングモール、博物館・美術館が建ち並ぶミュージアム・ディストリクトや動物園、水族館、広い公園などがあり、週末には家族とそれらの場所で過ごしています。また、テキサスの長い夏の間はプールで泳いだり、その他にもロデオ、野外コンサート、フォールフェスティバルなど、さまざまなイベントが比較的頻繁に開催されるため、家族と一緒に日本では体験できないような楽しい思い出を作ることができています。
このような貴重な留学の機会をいただき、安井教授をはじめ、今回の留学の仲介をしてくださった藤本先生、教室の皆様方、同門会の諸先生方には心より感謝申し上げます。留学生活がさらに有意義なものとなるよう、また、ここで得た経験が日本に帰ってから少しでも生かされるよう、より一層精進していきたいと思っています。
2014年12月 Htoo Zarni Oo(2014年大学院修了)
From September 2014, I started a postdoctoral fellowship in Vancouver Prostate Centre, University of British Columbia in Vancouver, Canada. Dr. Hayashi Tetsutaro, my senior and fellow, is working here and he kindly introduced me to this new workplace. I am really glad and very exciting to join the institution and I am working under two principle investigators in Department of Urologic Sciences at Vancouver Prostate Centre. My graduate study in Department of Molecular Pathology, Hiroshima University provided me a bunch of pathological and research knowledge. Now, I am really delighted to work as a research pathologist and I am sure this study would allow me to have new technical skills and insight.
I am working under Professor Martin Gleave, executive director of Vancouver Prostate Centre. He is interested in cancer cell profiling by recombinant color coding of genes called 'NanoString' technology and he wants to define prostate cancer cohorts according to drug treatment and response by comprehensive gene expression profile. This technology can detect target signals from very limited sample amount such as needle core biopsy specimens. In Pathology department, I am directly supersized by Adjunct Professor Dr. Ladan Fazli. She is a research pathologist and the one I have had skype interview for the first time in Japan. I can learn and discuss with her about pathological diagnosis and several collaboration works that come to our pathology laboratory for antibody optimization, staining and scoring. Currently I am working on new techniques like chromogenic in-situ hybridization (CISH), double immunohistochemistry, designing human or xenograft tissue micro arrays (TMAs), and also RNA extraction from FFPE biopsy specimens in NanoString project and tissue microdissection.
Another supervisor is Assistant Professor Mads Daugaard, and his speciality is molecular cancer biology. He is interested in new therapeutic strategy against cancers, using VAR2CSA protein. It is a malaria protein that mediates attachment of malaria infected erythrocytes to human placenta by binding to distinct chondroitin sulfate glycosaminoglycan chains on placental trophoblasts in pregnancy associated malaria. The same chondroitin sulfate modifications are found to be present on the majority of malignant cells. in vitro and in vivo experiments are ongoing to target cancer cells specifically. It will transform into new therapeutic system where VAR2CSA, conjugated to cytotoxic drugs, will effectively localize to the tumor cells as this malaria protein can translocate into the cell after adhering. I have been involved in VAR2CSA staining and scoring in various malignancies such as glioblastoma, astrocytoma, bladder cancer, prostate cancer, pancreatic cancer, Ewing sarcoma and so on because it is mostly expressed in malignant tissues, however lower/no expression in normal tissue counterparts as certain chondroitin sulfates are specifically expressed in cancer.
I study molecular pathogenesis of not only bladder and prostate cancers but also paediatric malignancies, soft tissue and brain tumors because I am involved in Stand Up to Cancer (SU2C), Vancouver Pathology Core for antibody screening and reviewing for biomarkers, scoring of normal and disease TMAs. SU2C is a program of the Entertainment Industry Foundation administered by the American Association for Cancer Research. Besides that, I like the way research network system is working in Vancouver Prostate Centre, which is really unique in design for easy collaboration between laboratories. We can share optimized protocols, antibodies, research knowledge and information. I realize that collaboration and network system between laboratories is really important for future research goals and it saves time. In prostate centre, there is a journal club on every Thursday and a research seminar on every Friday and encourage to attend everyone and to involve in discussion on presentations.
University of British Columbia is well known for higher education system and City of Vancouver is ranked consistently as always on the top 10 most beautiful and livable cities in the world ranking, with great quality of life. I am really impressed with scenery of Vancouver and, people are also friendly with mixture of cultural differences and for me, it is like a huge international house. Many breathtaking views and parks are near to beaches and most of the people are athletics. Overall, Canada is a safe place, with lots of natural resources and beautiful places, to visit. I have reasons to believe that study abroad not only gives us a life-time experiences but also new challenges that made us more mature, understand and broaden our vision.
Additionally, I am very glad to have a research collaboration between Vancouver Prostate Centre and my home department at Hiroshima University and I would like to try my best and study hard. Last but not least, I want to thank each and every one of my laboratory member from the bottom of my heart for their kindness and consistent support not only when I was in Japan but also throughout my career.
2013年12月 坂本直也(平成17年卒)
平成25年4月より、仙谷和弘先生に続き米国ミシガン州アナーバーのミシガン大学に留学しています。
私が所属しているDr.Eric R. Fearonの研究室では、大腸がんの発生進展機構の解明及び腸上皮細胞における重要な転写因子であるCDX2の機能解析をメインテーマとして研究を行っています。Fearon先生のご専門はgeneticsですが、幅広い実験系に精通されており、ラボミーティングでは提示された解析結果に対して、多角的な観点から指摘や考察を頂けます。また時にはジョークで場の雰囲気を和ませて下さるなど、気さくな方でもあります。現在、私は前述のCDX2の発現を回腸末端から上行結腸で特異的にノックアウトしたマウスを用いた組織学的な検討と大腸がんにおけるSOX9という分子の機能に関する検討を行っています。私はマウスを用いた研究の経験はありませんでしたが、同僚のYing FengやLab managerのMaranne Greenに手ほどきを受けながら、頑張って仕事を進めています。その他にもLaser Capture Microdisectionやウイルスベクターを用いた細胞株の形質転換など、新しいテクニックを身につけることが出来ました。何よりも基本的な実験手技や研究の組み立て方など、分子病理学教室で鍛えて頂いたことが今の研究の支えとなっています。また現在のラボのポスドクでは私は唯一のM.D.ですが、医師、病理医として癌という病気を実際に見たことがある、その形態像を詳細に説明することができる、という経験、スキルが、いかに研究領域で重要であるかをこちらに来て改めて実感しました。
ミシガン大学のあるアナーバーは日本ではあまり知られていませんが、アメリカでも有数の大学街であり、美術館や博物館も多い学際都市です。治安も良く、豊かな自然が広がる非常にきれいな街です。日常生活でもアライグマ、鹿などたくさんの野生動物を目にします。生活面では、当初は生活のセットアップに関わる諸手続きに苦戦し、あまりの窓口対応の不親切さに途方に暮れたこともありました。しかし同じように研究留学に来られている日本人の方など、色々な人に助けてもらいながら、なんとかクリアすることが出来ています。最大の懸念事項であった英語でのコミュニケーションに関しても、半年が経ちnativeの英語もいくらか聞き取れるようになり、多少言いたいことも口を突いて出てくるようになりました。三週に一度ラボミーティングで発表する機会を貰っていますが、当初と比べると質疑応答もスムーズにこなせているように思います。また、ミシガン大学のInternational centerが主催する講習会やconversation circleなどのactivityにも積極的に参加し、できる限り生の英語に触れられるよう努力しています。妻子も図書館などでボランティア団体が主催する集会に積極的に参加しており、一歳半になる息子も数字や動物など英語で口にするようになってきました。
今回の留学を通じて、アメリカでの研究の進め方や考え方を知ることが出来たことは大きな収穫だと感じています。残りの留学生活においても、少しでも多くのことを吸収できるよう自己研鑽に努めたいと思います。
2012年12月 仙谷和弘(助教、平成13年卒)
平成24年3月より、米国ミシガン州アナーバーのミシガン大学(Dr. Eric R. Fearon研究室)に留学しています。私がお世話になっているFearon教授は、消化器癌とくに大腸癌の発生・進展に関わる分子生物学的研究を長年行っている方で、1990年にジョーンズ・ホプキンス大学のBart Vogelstein教授とともに大腸癌における多段階発現の概念を発表された他、以前留学されていた本学第二外科檜井孝夫先生とともに腸上皮細胞特異的ホメオボックス転写因子であるCDX2の機能解析なども行ってこられました。研究に関しては大変真摯な姿勢や考え方を持った方で、ラボミーティングでは活発なディスカッションが行われますが、また同時に非常にユーモアあふれる方でもあります。現在、私が行っているのはCre recombinaseという蛋白質の遺伝子を標的遺伝子に結合したものを染色体に組み込ませたトランスジェニックマウスを用いた発癌実験です。このマウスを用いると目的遺伝子を単独あるいは複数ノックアウトした際の大腸発癌に及ぼす影響をin vivoに解析することができますので大腸癌の発癌や浸潤メカニズムの解明に有用です。また、種々の関連分子の発現との相関も検討しており、発癌過程における種々の癌幹細胞マーカーやReg IVやolfactomedin 4の発現も検討しています。私はマウスを用いた研究は行ったことがなく、また消化管の解剖もヒトとは異なることが多いので開始当初はとまどうことが多かったですが、同僚のFeng Yingをはじめ、多くの人の手助けもあり有意義に研究させてもらっています。
ミシガン大学のあるミシガン州は日本ではあまり知られていませんが、五大湖のうちオンタリオ湖を除く4つの湖に囲まれた豊かな自然が広がる州です。私のアパートの周りにもアライグマ、鹿、ビーバー、スカンクなどが多数生息しており、しばしば車にひかれた姿を見かけます。アナーバー市は大学街のためそれほど大きくはありませんが、美術館や博物館も多く大変文化的に恵まれた場所で、治安も良好です。近くの大きな都市としては、東方60キロにデトロイト、西方350キロにシカゴが位置しており、有名な観光地としては車で5時間行くとナイアガラの滝があります。生活面ですが、最初はアパート契約、住民登録、銀行口座の開設、車の取得・登録などの諸手続きに苦戦しました。しかし、これらを一つひとつクリアして生活が軌道に乗ってくると、友人や近所の人との交流を楽しんだり、文化的な相違点・共通点などを観察したりする余裕が出てきました。特にアメリカ人の結婚式に参加できたことは良い思い出となりました。コミュニケーションに関しては、ラボでの会話はそれほど困らなくなりましたが、まだまだ楽しく会話するには程遠く、むしろ現地の小学校に通っている息子の上達の方が早い気がします。
今回の留学を通じて日本にいる時は感じなかった新たな発見や自分自身の反省など色々な意味で物事の見方が変わりました。またアメリカでの研究の進め方や考え方も知ることが出来たことは大きな収穫でした。帰国までの残り数ヶ月を有意義に過ごすとともに、今後とも機会があれば国際学会への参加や積極的に海外の研究室との共同研究を行いたいと思います。
2012年12月 阿南勝宏(前特任助教、平成13年卒)
平成24年5月から、大上直秀准教授と同じく米国立衛生研究所(NIH)のLaboratory of Human Carcinogenesis (LHC) に留学しています。すでに半年が経ち、気が付けば残りの期間の方が短くなってしまいました。
私が所属するCurtis Harris先生の研究室ではグループが4つに分かれており、それぞれ肺癌および大腸癌、肝細胞癌、膵癌、前立腺癌および乳癌をメインテーマとして研究を行っています。その中で私は肺癌および大腸癌の研究グループに所属し、大腸癌におけるmiRNAおよびlincRNA (large intergenic non-coding RNA) の発現、炎症性腸疾患とりわけ潰瘍性大腸炎におけるmiRNA発現と発癌との関連について研究しています。特にlincRNAに関しては、幹細胞の多能性から細胞増殖にいたるまで様々な機能が考えられており、特定の転写因子によって調節されていることが報告されていますが、具体的な機能については不明な点も多く、論文数も少ないことから非常に興味深い分野であると思います。最先端の研究を積極的に行う姿勢には感銘を受けましたし、またこのような研究に携わらせていただけたことに感謝しながら日々の実験を行っています。また、当研究室にはpathologistが所属していないことから、他の方の研究に関する免疫染色やin situ hybridizationの手伝いといったこともしています。最大の懸念事項であった言語の壁についても、半年が経ち意思の疎通がスムーズにいくようになってきました。月に1回の研究報告会で実験結果を発表するときには次々と質問が来るため緊張しますが、自らの研究に関することですので全く分からないということもなく、何とかクリアできています。当研究室には多いときで私も含め8名の日本人が所属(11月現在6名)しておりアメリカにいながら日本語で会話することが多かったのですが、最近ではアメリカや中国などの方と会話することも多くなり、一緒に食事に行ったりしています。また、通勤の車の中ではラジオのニュースを聞くようにして、できるだけ生の英語に触れようと努力しています。
アメリカで生活していて常に思うのはやはり感謝の気持ちです。広島大学分子病理学に所属していなければこのように留学できなかったでしょうし、私を大学院生から特任助教に採用していただき、さらにNIH留学へと快く送り出していただいた安井 弥教授、実際に具体的な留学の手ほどきをしていただいた大上直秀准教授には心から感謝しています。私生活に関しては、単身赴任ということもあり寂しさを感じるときもありますが、その分時間には余裕があり、何事も人生経験と考えできるだけ楽しもうとしています。車で4時間かけてニューヨークまで行ったり、8時間かけてナイアガラの滝を見に行ったりもしました。ナイアガラの滝を見に行った帰りには、エリー湖北岸のカナダをドライブしながらミシガン州へ抜け、Ann Arborの仙谷先生の家へ招いていただいて楽しい夕食の一時を過ごしました。病理診断や病理解剖など丁寧にご指導いただいた仙谷先生と広島から遠く離れたアメリカで再会できたことを大変嬉しく感じました。最後に、もう一度安井教授を始め広島での研究生活を支えて下さった教室の全ての方々に感謝します。
2012年12月 林 哲太郎(元大学院生、平成11年卒)
私は平成19年4月より4年間、分子病理学教室で大学院生として勉強をさせていただきました。平成23年4月に広島大学腎泌尿器科学教室に帰局したのですが、分子病理学教室で行なった研究内容について医局カンファレンスで報告したところ、松原教授より海外留学の指示を受け、留学先探しを始めることになりました。手紙とメールで留学の依頼をしたところCanadaのBritish Columbia大学より留学の許可を得ることができ、平成24年2月から留学生活を開始しています。私のラボはBritish Columbia大学内の機関であるVancouver Prostate Centreで、Vancouver General HospitalやBritish Columbia Cancer Agency等の大学、研究機関、病院が並ぶ場所に位置しています。ラボのボスはMartin Gleave教授で、泌尿器科臨床講座の教授でもあります。臨床医の研究機関であるため、新規治療モデルの開発がテーマであり、10年以上前に日本からの留学生が見つけた去勢抵抗性前立腺癌で高発現するClusterinに対するantisense oligonucleotideは現在PhaseⅢに入っています。他にもPhaseⅡ治験中の薬剤もあり、癌の進展に関与する分子を見つけ、それを標的としたpreclinical studyを行うのが主な研究内容です。
私の指導医Peter Blackは膀胱癌を専門とする泌尿器科臨床医で、私は膀胱癌のNotch signalに関するテーマを与えられました。分子病理学教室で教えていただいたように強制発現株と発現抑制株を作り、表現型の変化を見るところから始まり、現在は抗体薬を用いたマウスの同所性膀胱癌の治療を始めています。私の知識と英語力不足のため、普通に実験をするだけでも未だ苦労は絶えませんが、周囲の皆様のサポートで何とか実験を続けています。ラボにはドイツ、オーストラリア、カナダ、ロシアの泌尿器科医師とともに、フランス、フィンランド、インド、レバノン、中国、アメリカ、カナダの研究者がいて、英語が母国語でない人も多いので私のひどい英語も何とか理解しようとしてくれるので助かっています。研究チームは違うのですが、京都大学、九州大学、山口大学、大阪医科大学からの日本人留学生もいて、本当によくしてもらっています。
Vancouverは都市圏として人口210万人のカナダ第3の都市ですが、豊かな自然が広がるきれいな街です。多くのカナダ人の趣味がハイキング、サイクリング、スキーであるように自然と共存しようとする意識が高いように感じられます。治安も良く、アジア系が40%を占めるので、日本人には住みやすい街です。日本からの移民も多く、生活面では彼らから家族共々本当によく面倒を見てもらっています。私の子供たちもまだ英語はあまりしゃべれないのですが、公園で現地の子供たちと楽しく遊んでいるようです。
留学生活では、これまで当たり前と思っていたことが通用しないなど言語と文化の違いという壁を感じることが多々ありました。家族も生活するだけでストレスという時期もありましたが、そのような時期に安井教授から、自信を持って何事にもあたり、ひとつでも多くのことを吸収するようにとメールをいただきました。違いに目を向けず、さまざまな経験ができていることを喜んで生活しようと積極的な姿勢となり、少しづつ状況が改善しつつあるように思っています。仕事面でも自分の未熟さを痛感する日々ですが、刺激の多い環境で働けていることに感謝して頑張ろうと思っています。
現在の留学での研究生活は、分子病理学教室で勉強させていただいたことから始まっており、分子病理学教室の先生方に心より御礼申し上げます。少しでも成長して帰りたいと思っています。
2011年12月 大上直秀(講師、平成11年卒)
平成22年11月2日から平成23年4月16日まで約6ヶ月間、メリーランド州ベセスダにあるNIHのLaboratory of Human Carcinogenesis(LHC、Harris教授)に留学させていただきました。Harris教授の研究されているテーマとしては、p53の機能、テロメアや細胞老化、炎症と発癌、miRNAの発現解析等が挙げられます。最近は細胞の非対称分裂の研究もされており、非常に興味深いところです。NIHで行った研究については、今後出版される論文を参照していただき、ここでは留学中の研究以外のことについて述べさせていただきます。
以前にアメリカ癌学会(AACR)に参加したことがあり、アメリカの風土は私に合わないと感じていました。さらに、当研究室の講師のポジションのまま留学させていただけるとのことで教室運営(病理診断業務や研究活動)のことを考えると大変申し訳なく、留学に対してあまり積極的ではありませんでした。しかし今、留学を終えて思うことは、アメリカは非常によい所であったということです。NIHの人々は非常に親切で、人をけなすような発言は絶対にせず、ちょっと会った場合でも「Hi」と挨拶をしたり、扉も通りそうな人がいたら必ず開けて待っていますし、通った人も必ず「Thank you」と言います。帰国してからは日本でも、扉を通過しそうな人がいたら必ず開けて待ち、開けて待ってくれている人がいたら「どうもありがとうございます」と必ず言っています。NIHのラボは純粋な研究室で病理診断業務や教育活動等はなく、時間が非常にゆるやかに流れていいました。多くの人は9時から10時ぐらいにラボに来て、メールのチェック等を行った後、Cafeでコーヒーを飲んだりしています。そのような状況で、研究のことを話したり、その他いろいろな情報交換をしています。ラボでは分業体制が完全に機能しており、研究者は、例えばネットワーク設定や研究サンプルの管理などは全くする必要はありません。さらに、パソコンのソフトウェアやプリンタ、ペンやノート等はすべて準備されており、研究者が私費で準備することは絶対にありません。
留学をして3ヶ月が経過するころには、様々な人に対して感謝の気持ちでいっぱいになりました。留学の機会を与えてくださいました安井教授はもとより、Harrisと交流の深い田原名誉教授、広島で病理診断、教育、研究に奮闘している教室員の皆さん、同門会の先生方(LHCでは広島大学第一病理は有名で、第一病理出身ということだけで多くの人が協力的になってくれました)に心より感謝申し上げます。NIHでは、Dr. Harrisをはじめ、私のつたない英語を聞きながら研究の指導をしていただいたAaron、先端の研究機器の使用方法を教えていただいたJudyth、組織の準備をしていただいたElise、途中から共同で研究するようになった中国人のTangに大変お世話になりました。LHCには日本人が比較的多く、Staff scientistの堀川先生にはアパートを斡旋していただきました。堀川先生は田原栄俊先生とCarl Barrettのラボで一緒だったと聞きました。留学後4ヶ月が経過するころにはアメリカ生活も慣れ、苦手だった英語も多少話せるようになり、アメリカ人に対しても少しは冗談を言えるようになりました。
この度の留学で、アメリカにおいて研究がどのように進められているのかよく分かりましたし、ある程度の人脈もできました。今後は海外の研究室・大学とも共同研究を進めると共に、AACRやDDW等のアメリカの学会にも積極的に参加していきたいと考えています。最後に、LHCへの留学の機会を与えていただきました安井教授にもう一度厚く御礼申し上げる次第です。